lettres sans adresses - 宛名の書けない手紙の最近のブログ記事

経験してみて初めてわかったこと。

日記だの詩だので死にたいとか鬱だとか言える時は寧ろ大したことはない。本当にひどい時には外向きに表現することなどできない。風呂に入る気力もなければ飯を食う気力もなく、自分が鬱だとも気付かず、ただただ時間が盗まれる。深夜になって、また一日何も出来なかった事に自己嫌悪する。

何も出来なかった数ヶ月とここ数日の違いが何なのかはわからないけれど、急に鈍っていた感覚の霧が晴れたように感じる瞬間はある。

活動する意欲が湧く反面、悲しい事も強く感じるようになった。ちょうど13ヶ月前にこの感覚を理解出来ていたら、きっと違った共感を得て、多分少し違った人生になっていただろう。長年先達が必死で格闘してきた凄さに今まで気付かなかった蒙昧さが、僕のこの人生を形作ってしまったんだろう。

また来た夏。3ヶ月ぶりに髪を切った。後ろ髪約15cm。ここ数年縮毛矯正をする関係で美容院的なところに行っている。店長に彼女は来ないねと突然言われた。あの子はもう来ないだろうと伝えた。

梅雨はまだ明けず、食中毒になると脅されながらも行った寿司屋で何も言わずガリを2つ出された。空席待ちの紙にも1人と書いたのに、この1年もう何度も行っていたのに、板さんから「あれ?今日は1人なの」と尋ねられた。満員なのに隣の席はなかなか埋まらなかった。

今日は、大倉山を歩いている背後や右手の向こう側に、あの子の姿が皆に見えてしまう日らしい。
小雨の中傘を指さずに歩いた時、マンションの帰り道、ビルの入り口で首が妙に温かかったのは何かそのせいだろうか。何度雨が降り、人が消えた痕跡を何度流しても、人の心には残り香が漂い続けるのか。

ふと一人になった時に、みさの最期の瞬間をみさ視点で見た映像と声がよくフラッシュバックする。何度も何度も同じところがフラッシュバックする。

俯せで眠っている身体から魂がゆっくり抜けて出る。みさのよく使っていた擬音に倣うなら、ふわーり、ふわーりと言うように。身体から離れている自分に気付いても戻れない。「こうじ、たすけて」と言う声は届かず、僕はまだ眠っている。一大事にも気付かず眠っている。みさは多分涙をぼろぼろこぼしながら「こうじ…さよなら…」とつぶやいたように思う。

「こうじの子供を産んで、ずっと幸せに暮らしたかっただよ」と言う声が聞こえる。繰り返し愛してると伝える言葉が何度も聞こえる。叶わなかった願いが渦を巻いている。

時々不思議なことが起きる。トイレに行った覚えもないのに勝手にペーパーが使われて流されずに置かれていたり、取り込んで放り投げていた洗濯物が下半分綺麗に畳まれていたりする。僕がおかしくなってしまっているのかも知れないけれど、そこに残った願いがそうさせているのかと思えたりもした。

付き合い始めの気持ちを持ち続けていられたらこうはならなかった。僕はいつから人を慮る気持ちを忘れていたんだろうか。自業自得だけれど僕の小さな願いも叶わなかった。知り合うきっかけになった、最初の共作曲はレコーディング途中のままだ。

病気がひどくなっても、悲しい事があっても、自殺未遂をしても、結局まだ死にたくなかったからみさは生きていたんだと思う。普通なら死んでしまう量の薬を飲んでも、包丁で自分の首を切っても、何度も手術をしても、どんな救われない状況でも、まだ希望が微かに感じられていたから死にたくなかった。とっくに死んでいても不思議ではなかった身体に、愛する心とやり残した事に対する気力だけで命の炎を燃やし続けていた。

しかし叶わぬ願いはその身を少しずつ灰にする。最後の最後に燃え尽きさせてしまったのは、僕だ。気付くのが本当に遅すぎた。

とても寒い日に生まれ、小さな頃から病弱な身体をだましだまし必死で生き続けて、10479回目の朝日を見ることなく静かに息をするのをやめてしまったみさへ。

僕は「その人の記憶が、生きている人の心の中にある間はその人は生きている。みんなの心の中からその記憶が消え去ってしまったときに初めて、その人はこの世から消えてしまうのだ」という考え方を信じている。だから、みさと僕しか知らなかったかも知れないことや、いつか僕もディテールを忘れてしまうかも知れないこと、遺品の手帳に書かれていたことなんかを書き遺すことで、みさを知る全ての人の心に可能な限りみさの姿を伝えておきたいと思う。もう一度あなたに死なれることがないように。

詳細はここで書くべきではないけれど、僕に近しい人には何度も話したことのある、あの人が僕の目の前で死んでしまった。

重い病気の人を相手にしていたのだから、いつそういうことがあるかも知れないと気づくべきだった。人の命は本当に簡単に、ある瞬間に急に消えてしまうものだと、取り返しがつかない状況に至って初めて思い知った。

本当に情けなく申し訳なく、最後にひどい事しか言えなかったことが悔やまれて仕方がない。全く気持ちの整理も出来ておらず、頭が混乱して今はどうしていいのかもわからないけれど、まずは持ってきていた遺品の整理から始めて、何とか正常に物を考えられるようにしたいと思う。少しずつ、思い出したことを書いていくかも知れない。

2008年8月

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xana
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失って初めて取り返しのつかないことに気づく愚か者
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