illusion - 妄想: 2004年5月アーカイブ

合体ロボはその根底から無駄な機械だ。
合体して性能が上がるわけでもなく、寧ろ脆弱性があちこちに生まれるだけだ。

無駄なら無駄で、もっとその存在意義を疑うような機械が欲しい。たとえば匍匐前進する自動車であるとか、ついでに鍬が飛び出して路面を耕しつつグラジオラスの球根を植えていくとか。

しかし、「曲がりくねったホースがいくつも出ていて、その上人間よりも大きなタンクがあって、そこから犬の餌が送り込まれてくる謎機械」に勝てるものはやっぱり無いんだろう。全く以って何に使うのか知らないけれど、インパクトに完敗。

ああ、謎機械を作りたい。

これから夏に向けても、人に誇れる生産的な事実は何も積み上げられなさそうなので、キャリアパスとしてはどんどん真っ当な方向からそれて行く。なぜ行く先々を常に間違えるのだろうか。
今現在、僕は肉の塊としては存在するが、それ以上の何か高尚なものでは決してないと思う。

つまるところ人生は喜劇でしかあり得ないと言う人がいる。
それは嘘だ。

相反する二つのテーゼに縛られて生まれてくること自体が悲劇そのものだと、僕は思う。
生まれた瞬間に死が確定するのと同じように、至福が訪れた瞬間にそれに応じた規模の破滅の訪れが確定することが悲劇ではなくて他の何であり得るだろうか。

そもそも喜劇で笑いの対象としてしばしば扱われるテーマは、不器用な人間が失敗を重ねる姿だ。滑稽に見える姿も、本人にとっては何も楽しいことなどありはしない。少なくとも僕はそれを自虐的に楽しむ事が出来るほど洗練されたウィットを持ち合わせてはいない。

いくら本当にほしい物とて、仮に手に入ったとて、何も約束されることはない。
一度手の中をすり抜けて行ったものはおそらく戻ることはないのだが、捕まえられなかったそれを追い続け、知らぬ間に人は老いさらばえる。
人生が喜劇であると言うならもう少し短いスパンで明るいイベントを投入してほしい。そろそろこの路線には飽きが来たし、もう疲れた。さもなければ諦めがつくに充分な絶望を与えてくれ。中途半端に、電車に引き摺られて千切れるのを待っているような人間がたまに風に乗ってくる少女の香りでエレクトしているような、そんな荒んだ夢ばかり見せないでくれ。

そこら辺を転がっている情報は多いけれど何も役に立ちはしない。口数が多い僕を演繹して世界に広げて、それを自分で揶揄して何の意味があるのかはわからないけれど。きっと彼ならこういった問いに斬新な答えをくれるのかもしれない。教えてくれ。

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