illusion - 妄想の最近のブログ記事

昨日の深夜、帰りの電車に乗る六本木のホームに続く階段を下りた。

今週は寝ようとしてもほとんど眠れない夜が続いたので倒れそうに疲れていた。
目の前の空気がどちらの方向も、半透明に濁った粘っこい壁になって前に進めなくなった。

両方の二の腕の外から同じように半透明な腕が2本伸び、目の前を這いずり回る。僕は黙ってそれを眺めていた。壁に邪魔されて手は伸びず絡まっている。しばらくの後、2本の腕は僕の左胸に入り、心臓を同じく半透明にして強く握り、胸から引きずり出して壁に向かって差し出した。苦しくて一瞬息が止まり、視界が一瞬暗くなった。粘液が鼻にも口にも入ってきたように思う。

思い切り息を吸い込んで我に返ってみれば、不思議に粘液は消えて歩を進めることができた。左側の半透明の腕も消えた。やって来た地下鉄に乗る時に人を押しのけたのを最後に右側のそれも消えた。
立っているのが辛かったので吊革にぶら下がって下を向いた。電車の外では馬鹿が2人で殴り合いをしている。勝手にすればいい。

殺意

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人を殺したくなったら、行動に移す前に自分から警察に行った方がいいのだろうか。

今の体たらくを脱し、一皮剥ける必要があると感じた。

爪を立ててバリバリと剥ぐ。しかし血が出てひりひりとするだけで全く何も拭い去れた気がしない。まだ足りないのかと更に剥ぐ。何なら爪まで剥ぎ取れば良いのか。

所詮何を千切り取っても何も変わりはしないのだろう。年度が変わり、環境が変わり、周りの人の構成が変わっても、所詮は与えられた狭い自由の枠にぶつかりながら、狭い螺旋を描いて生きるのだ。

価値観の合う人と話すのは楽しい。口頭でも文字を使ってでも。
言葉を選んで遠慮して話さなくてもバックグラウンドを含めて判ってくれると思うし、多分何を話しても喧嘩にはならないだろうという安心感があるとするなら、疲れを忘れたりもできる。元々鈍かったのだが最近はそういう人と話しているとすぐに気づくようになった。

そして、あまりにも物の考え方が異なる人同士が無理やり一致させるのは時間と労力の無駄だと思う。実際には価値観が合うと判っている人のところにはすぐには飛んで行けなくて、なかなか面倒なことが解消しなかったりするのだけれど。

ベジタリアンとは、逆説的に肉食に対する欲求が他よりも強い集団だという。自らに禁制を布かなければ肉食を止める事が出来ないほどにということらしい。

この所自分に抑制をかけていることのリストを挙げてみる。
・遊びに出歩かない
・飲み会になるべく参加しない(=酒を控える)
・禁欲
・物をなるべく買わない

要は人一倍、金銭欲も食欲も性欲も強いと言うことなんだろうか。

確かにそこには安い中華料理店があって、畳の部屋で寝かせてくれる家がある。
あの頃と変わらない友人がいたりして、しかも月曜の夜から酒を飲む。
今週は木曜も飲むわけだし、まるで例会をやっていた頃みたいだ。

死んだ子の歳を数えるのは止めたつもりだったけれど、知らない間に5歳になって、まだ生きていたのかも知れない。

仕事以外に興味が薄い状態のまま毎日が過ぎていく。
仕事以外で良い事も悪い事もそれほどないからだろうか。いや、やっぱりプライベートはろくでもないことばかりだ。保証人を頼まれて向こうから断られるとか、夜寝られないくらいトラブルが起きるとか、もう別に本当にどうでもいいんだけれど。

仕事で改善すべきところは幾らでもあるし、そこ以外に興味を持たないのが正しいのかも知れない。少なくとも知識は足らない気がするし、直感で正しいことを思い出せるようにならないと今以上の戦力にはなれないだろう。でもそもそも正しいって何だ?

ライトスタッフでありたいとは思う。でもその表現は人員配置をする側から見た言い方なので、本当に実働側から見て自分が活きる場に辿り着けることとは一致しない。多分上から眺めれば駒の一つがある程度すわりが悪くても気にしなくてもよいのだろう。

いい加減自分探しみたいなことは止めにしないか。
見苦しい。

思っていることをしっかり抽象化してから話すから、初めから何も伝わるはずがない。
言葉にした時点で誤解の余地が入るわけだし、そこからして理解、という言葉と矛盾している。
結論を作って肯定してもらうために、一連の説を述べて了承される。
自分を弁えた態度で話をする、というのはそういうことなんだろうと思う。

ありのままの自分を投げかける機会というのはそうあるものでもない。投げかけられる相手の負担も考えて、ギブアンドテイクの材料を用意することも必要だ。もしかするともう二度とないのかも知れないけれど。

甘えすぎの傾向がある自分を戒めて、誰かが何かを投げつけてくれるのを待っている。何も飛んでくる気配がないのは、そんなにキャパが小さいように見られているためだろうか。それとも単に下心が見透かされているだけなんだろうか。痛々しい。

最近どこを歩いていても下水の臭いがする。
きっと僕の口臭なのだと思い、何度もイソジンで嗽をする。
喉を切り取って洗えればいいのに。

刃物を探してもない。ツナ缶の蓋を空けて切る。
すっきりとした空気。これを吸うのは何年ぶりだろう。
そのまま眠ってしまえればいいのに。

僕がどこにも行かないとして、横には白血病の少女が寝てるとして、あとは一緒に焼いてもらった灰をあの海に撒いてもらえればそれで幸せなんじゃないのかな。

自転車を見つめて、どうしても走りそうにないように思えて悩む。
鶏肉を買おうとして、しばらく見つめているととても食えそうに思えなくて逃げる。
自分の顔を鏡に映して眺める。どうしてもこんなのが自分ではないように思える。

ちょっと駄目なのかもしれない。

僕より10歳ほど若い彼の行動を見て、今更ながら自分が昔取っていた行動が周りに与えていた痛さを思い知る。

でも今だって、本質的に何が変わったと言えるのだろうか。僕は誰かに相手にされたがっていて、何かと評価されたがっている。

部屋に入ったらその瞬間から違いを感じさせられるようにでもならなければ、きっと何も変わりはしない。そうなるまでは、やはり走り続けるしかないのだろう。きっと。

半分忘れたはずの顔をたまに思い出す時もある。
そんな時には微笑んでくれていたことと、ただ楽しかったことしか思い出せない。
どうして一緒にいた頃、もっと仲良く出来なかったんだろうね。

僕らは何年か同じ方向を見て過ごしてきて、そしていつの間にかお互いの姿が見えなくなった。僕らはとても目が悪くて、周りに描かれた小さな円の外は見えないんだと思う。遠くから走ってきて、たまたまぶつかってくっついたり、そのまま突き抜けてったり。似たような方向に歩きながら出会ったら、しばらく並んで歩いてみたり。まだその辺にいるのかも知れないんだよね。たまに光の射すほうを横切ったら、何か違和感を覚えるのかもしれない。でもきっと気のせいなんだと思う。

何度眠っても三つ数えたら目が覚める。昨日の夢で添い寝していてくれたのは誰だったのかな。暖かい毛布が欲しい。多分、今はもうそれだけで幸せなんだと思う。

ドーピング。

薬が効いている時は楽なのだけれど、切れたときの脱力感がすごい。
眠くもなるしこれで本当に仕事ができるのか。

喉が渇いているからといって、海水を飲んでいても、もっと水が欲しくなるだけだ。
明日は納品、今日も徹夜か。

もうだめだろう。誰が見ても何の成果も出せそうにない。もうだめだ。

君が殺伐を食って生きる夢魔の体現なら
僕は横目でそれを眺めて眠らない夜を過ごしたい

身体が半分腐って紫色の浮腫になり、しかも下痢便を脱糞している老婆の死体と性交している夢を見た。

勝ち組みになれなくてもいいから、これ以上負けないで済む方法を教えて欲しい。

まずはどこからやり直せばいいんだ。

名古屋は呪われているが、それは400年程前から殺され続けた人が今も繰り返し生まれてくるからに違いない。

岡山は残酷なほど乾いて凍っている。通いつめるほど皮膚がささくれて削げ、骨だけを残して乾いた血の固まりがバラバラと落ちる。

仙台には髪の毛に包まれた邸宅があって、それは海辺の別荘地にある。髪の毛の持ち主はとっくに死んでいるが、髪は今日も伸びつづけている。

福岡で生き延びることができると人門の人物にはなれるが、五体満足で生き延びることはとても難しい。裸で走って逃げている女性を牛刀で滅多刺し。

横浜で食べることのできる肉は全部ネズミかミミズのミンチだ。野菜のふりをした新聞紙を噛みながら、下水で作った毒水を飲む。

頭が変だ。病院に行こう。どう考えてももうだめだ。

少し前向きになろうと思って、あの人にもう一度好きになってもらうにはどうすればよいかなんて考えてみる。好きになってもらうというか、一緒に仲良く過ごせるには、というレベルでいいのだけれど。

自分と一緒に過ごすことが少しでもプラスに寄与できたらというだけの話なのに、今はとても難しい。いちいち考えてから努力する種類のことではない気がする。

まだもう少し時間が要るのか。

色々考えて物を言っても、彼らの意図に合っていなければ無駄なのだ。

それなら初めから何も考えずに言われるように従っていた方がマシとも思えるが、そもそもその内容がどうしても気に入らない。だとすればお互いに無視しあうしかないのかも知れない。

遠く離れた国の異民族のように、お互いその存在を知らないままの方が幸せだと思う。

君を間接的に殺したのは僕なのかも知れないけれど、君が果たせなかった分まで幸せになろうと思っていた。心配しなくても、彼女はきっと幸せだよ。僕のことなんか忘れて、幸せに過ごしているはずだと思う。多分君のことは彼女は一生忘れない。だから君の勝ち。そして僕が幸せになってはならないのは、君を殺した報い。

僕には君ほどの勇気はないから、七階建ての屋上から飛んだりせずに、まだここにくすぶっている。でも、そうやっていることにどれほどの意味があるのかな。

君を乗り越えてここまできたつもりが、絶対に追いつけないほど遠くまで追い越されてるんじゃないのだろうか。自分の意志で自由な空に飛べた君と、寝る時間も惜しんで何も考えずにただ機械として働く僕では、どちらが人間らしいかなんて、初めからわかってるじゃないか。

自分で畑を耕して種をまき、自分でそれを踏みにじって殺していく。
絶対に何も生まれてくるはずはないし、それについて自分で文句を言うのは浅薄なことだ。

中国人が日本人を罵っているとの新聞記事を読みながら考える。
これからも彼らは我々を許すことはないだろうし、それと同じく僕は幸せになることもない。

同じ過ちを繰り返しているのかもしれないが、そういう生き方を選んだのだから、黙ってそこに骨を埋めるべきなのだ。

不安定ではあるが生活は出来ている。
好きなものを食べられるし、自分の甲斐性で広めの部屋を借り、楽器を並べる余裕はある。
とりあえず五体は満足だ。童顔ではあるが容姿は酷いわけでもない。
何でも相談できた友人たちも、深く愛し愛された恋人たちも、ここ10年以上ほとんど途切れることなく誰かがそばにいてくれた。

考えてみれば、それなりに幸せな人生だったと思う。
僕はまだ支えてくれた人たちに何も恩返しが出来ていないけれど、このまま逃げ切ってしまえたらなんていう無責任なことを考える。

逃げたその先に何があるわけでもなく、僕らの落ちて行く先はあそこでしかないんだけれど、逃げ込んだらそれで救われる気がするから世界には無数の宗教があるのだ。スピノザの定義する神は、唯一その真理という姿でのみ存在する。皆並んで落ちていくけれど、場所によって地面の高さが違って、叩きつけられるタイミングが違うだけだ。

ボウリングで 155 を出すようなそれなりに見える一日。
冷蔵庫と戦う電気掃除機に勝ち目はないなんて、あなたに意味不明なことを言って煙に巻く。きっと箒とチリトリなら五分五分だろう。

君と見たきれいな夜空、天の川を横切る流れ星。
二人で手をつないで、背筋が震えるほど感動したあの頃。

あれは全部機械とプログラムで作られた、偽物だったのかなあ。

赤い夕焼けを見ると、人の身体に流れる血を透かした光を思い浮かべる。そして本州のほぼ東の外れに住んでいる僕から見ると夕焼けの方角にいるであろう人のことを考えもする。

右耳の後ろから左眼に向かって、細い針金が突き刺さっているらしい。僕の左眼の目頭側の黒目と白目の境目にある突起は、きっとその針金が押し出しているのだ。

この針金を抜いてみたら、むち打ちで引きつったままの身体の調子が良くなったりするのだろうか。それとも脳と硝子体が針金に引き出されて、耳の後ろから垂れ流しの状態になるのだろうか。

子供の頃、カマキリを捕まえて内臓から寄生虫を引き出して遊んでいたように、自分の頭に寄生した悪い思想をそうやって引き出すことが出来たらどれほど楽なのか、と思う。

合体ロボはその根底から無駄な機械だ。
合体して性能が上がるわけでもなく、寧ろ脆弱性があちこちに生まれるだけだ。

無駄なら無駄で、もっとその存在意義を疑うような機械が欲しい。たとえば匍匐前進する自動車であるとか、ついでに鍬が飛び出して路面を耕しつつグラジオラスの球根を植えていくとか。

しかし、「曲がりくねったホースがいくつも出ていて、その上人間よりも大きなタンクがあって、そこから犬の餌が送り込まれてくる謎機械」に勝てるものはやっぱり無いんだろう。全く以って何に使うのか知らないけれど、インパクトに完敗。

ああ、謎機械を作りたい。

これから夏に向けても、人に誇れる生産的な事実は何も積み上げられなさそうなので、キャリアパスとしてはどんどん真っ当な方向からそれて行く。なぜ行く先々を常に間違えるのだろうか。
今現在、僕は肉の塊としては存在するが、それ以上の何か高尚なものでは決してないと思う。

つまるところ人生は喜劇でしかあり得ないと言う人がいる。
それは嘘だ。

相反する二つのテーゼに縛られて生まれてくること自体が悲劇そのものだと、僕は思う。
生まれた瞬間に死が確定するのと同じように、至福が訪れた瞬間にそれに応じた規模の破滅の訪れが確定することが悲劇ではなくて他の何であり得るだろうか。

そもそも喜劇で笑いの対象としてしばしば扱われるテーマは、不器用な人間が失敗を重ねる姿だ。滑稽に見える姿も、本人にとっては何も楽しいことなどありはしない。少なくとも僕はそれを自虐的に楽しむ事が出来るほど洗練されたウィットを持ち合わせてはいない。

いくら本当にほしい物とて、仮に手に入ったとて、何も約束されることはない。
一度手の中をすり抜けて行ったものはおそらく戻ることはないのだが、捕まえられなかったそれを追い続け、知らぬ間に人は老いさらばえる。
人生が喜劇であると言うならもう少し短いスパンで明るいイベントを投入してほしい。そろそろこの路線には飽きが来たし、もう疲れた。さもなければ諦めがつくに充分な絶望を与えてくれ。中途半端に、電車に引き摺られて千切れるのを待っているような人間がたまに風に乗ってくる少女の香りでエレクトしているような、そんな荒んだ夢ばかり見せないでくれ。

そこら辺を転がっている情報は多いけれど何も役に立ちはしない。口数が多い僕を演繹して世界に広げて、それを自分で揶揄して何の意味があるのかはわからないけれど。きっと彼ならこういった問いに斬新な答えをくれるのかもしれない。教えてくれ。

12年前の春、人の為と書いて偽と読むだろう、と歌っていたバンドがあった。

あなたの為にと思って、このところ僕は自分の意に反することを言い続け、その発言に従って行動して来た。それはとても辛いことで、僕にとってのメリットはなかった。

けれど、その僕の行為は本当にあなたが望んだことだったのだろうか。僕が従ってきたのは、あなたがそう望んでいるであろうと僕自身が妄想していたあなたの像に対してであって、本来のあなた自身に対してではなかったのかも知れない。だとすれば、僕の意に反し、あなたの意にも反するその行為に意味はなかったのではないか。

今となってはもうそれはわからない。僕はあなたに対する信用という名を借りて、言葉を 100% 真に受けていた。それはある意味の思考停止とも言えるだろう。あなたも第二の意味を想像させる言葉は口にしなかった。僕らはまだ少し、遠慮しすぎていたのではないだろうか。少なくとも、僕は自分が望むことをあなたに投げかけてみるべきだった。

悲しいことに、1 月 29 日の夢の前半は、正夢になってしまった。後半をどうするかはこれからの僕らにかかっている。とは言え、僕の方から何かを起こすことは僕自身によって禁じられている。

情けない話だが、前に進むためには妄想家の自分を踏み越えて行くしかないようだ。

あなたと仲良くなって 2 年と 7 ヶ月が経とうとしています。

覚えていますか?
最初は何故かお互い敬語だったことや、今とは呼び方も違ったこと。
価値観や物の考え方があまりにも似ていて笑ったこと。
ちょっと年上の僕に子供扱いされないようにと、精一杯頑張ってくれていたこと。
お互いにとって初めてのことをたくさん積み重ねたこと。
出会って 3 ヶ月で付き合い始めたのにそれから 9 ヶ月も会えなくて、再会の日は結局 1 年ぶりになってしまったこと。

不思議な関係だと思います。恋人同士なのに必要な時は兄妹代わりや一番の相談相手として振舞うこともあって、聞かされるのが辛い内容の相談にもお互いに真剣に乗ったり。連絡を取らなくなることはあってもなぜか揉めることは一度もなくて、すぐに元に戻ることができたり。いずれにせよ、他の誰でも代わりにはならない特別な存在なのは、今もこれからも変わることはないでしょう。

最初から最後まで一度も喧嘩もせず良い思い出しか残っていないので、僕はまだ、いつかまた何かが始まることを期待しています。元々遠距離なので別れた実感がそれほど強くないのも拍車をかけている気がします。相変わらず結構電話はするし、電話している途中であなたが安心して眠ってしまうのも変わらないし。今幸せが必要なあなたと将来幸せが必要な僕がさんざ話し合って納得ずくで決めた形は、世間の常識とは少し違うかも知れないけれど、幸せの形の一つだとは思います。

ただ、そうやって安定する位置を見つけてしまったことで、今後は恋人に戻ることはないのかも知れません。今思うと、最後に一緒に出かけた時にいつもより少しあなたのテンションが高かったのは、恋人でいる間にしか出来ないことでやり残していたことを全部やってしまって、僕が後悔しないようにしてくれたのかなと思えます。つないだ手を離したわけではないけれど、多分次に会う時にはこれまでとは少し違う距離を実感するのでしょう。これまでは二人きりのプロローグを楽しんできたわけですが、これからはお互いに登場人物を連れてきて、和やかな本編へ。

左腕を見ていたら、手首から肘関節の内側に向けてジッパーがついているのを見つけた。開くと、血管や神経、細い筋繊維が並んでいた。右手で一本ずつ引っ張り出して、並び順を変えてみたりしながらぷりぷりした感触を確かめる。

いつの間にかたくさんの管がもつれてしまい、どうやっても元の位置に収まらなくなった。とりあえず気にせず、仕事に戻ることにした。

本当にどうでもいいけど、銀色の金魚は銀魚ではないのか。

ここ数年、「義務を果たすまでは権利を主張する資格はない」を座右の銘として来たけれど、全く以って大仰に自惚れた物だ。
人は自分の義務を果たしきれるわけもなく、ただ周りに赦されて生きている。そうであるにも関わらず自分の権利を主張する自分勝手で愚かな生き物だ。

そして僕は特別な人間ではなくて、心頭滅却出来るわけでもなかった。
透明な存在ではなく、真っ白な存在でありたいと思っていた。何も疑問を持たず周囲の色に染まって穏便に過ごし、しかしながら僕が存在する意義を認めてもらうために。
自分の居場所を確保するために、まず他人の利益を優先する使い勝手の良い人物でいたかった。

でも結局そうすることは出来なかった。相変わらず自分勝手な考えは消えず、そういう自分自身に嫌気が差して一人で苛立っている。漂白が不十分で矛盾している。
出来ないことを標榜しているのはただのナルシストであり、妄想の自分を崇めているだけだ。
詐欺師であり、軽く見積もっても嘘つきだ。

今後はもっと現実的な座右の銘を見つけたい。
そうすることで免罪されるつもりは決してないけれど、せめてこれから同じ過ちを繰り返さないために。

2008年4月

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xana
31歳
ウェブエンジニア・音屋
IT業界通算 3社目 / 8年目
音楽製作個人事業 14年目 / 停滞中
横浜在住
失って初めて取り返しのつかないことに気づく愚か者
ネット業界現職 4年目