essai - 雑記: 2004年6月アーカイブ

13日の日曜日に、やむを得ない事情により「俺にカレーを食わせろ」と絶叫した手前、ポストに入っていたチラシの業者にカレーの出前を頼んでみた。

3年ほど前に以前勤めていた会社で、夜食にカレーの出前を頼んだことがあるが、1500円も取る癖に金属が舌に突き刺さるような奇妙な辛さの非常に不味いカレーで社員一同激怒した覚えがある。それ以来、カレーの出前にはあまり良い印象がなかったが、今回は925円なので外れてもまあ許せるかと思う値段だ。

カレーは本来食べただけでナチュラルハイになるほど辛くあるべきだと考えている僕としては、「メガトン級の辛さの為、お子様、辛さに弱い方はご遠慮ください」とかかれているスーパーホットカレーなるメニューを選んだ。なかなか上品な香りだ。

香りはそう辛そうでもなかったが、口に入れて2秒ほど経つと、おそらくハバネロペッパーかと思われる激烈な辛さで顔が真っ赤になり汗が吹き出た。確かに強烈だ。普通の人が間違ってこれを頼んで食べた日にはパイ投げよろしく豚の顔に投げつけたくなるくらい辛い。ご丁寧なことにミネラルウォーターがサービスで付いてきていた。しかし、僕のカレー師匠曰く、カレーを食べている途中に水を飲んではならないとのことなので、その水は飲まずに黙々と食べた。

味はさすが専門店といった感がある。ただ辛いだけではなく香りはかなりまろやかなので、複雑な後味が楽しめた。出前のカレーとしてはかなり上出来な方ではなかっただろうか。

ごく稀に、出会った日からその人のことを昔から知っていたような気がすることがある。デジャヴのようなものだろうか。数えるほどしか経験は無いけれど、実際に相手も同じように感じていたりするから、あながち僕だけの思い込みでもないかと思う。

そういう人とは少し話すだけでも考えていることが似ていることに気が付いたりするので、僕はどんどん気持ちが先走ってしまう。僕は基本的に他人の事は疑ってかかる性格だけれど、そういう人に対しては一切の防御を解いてしまう。そして、今の自分と相手の置かれた状況で、僕が相手に対して寄与できることは何か、と考え始めるのにそう時間はかからない。

このところの僕はかなり幸せ者だと思う。
誰かと何かを共有すること、誰かと理解しあえること。
そんなことに包まれて過ごしていける毎日は少なからず充実している。
この間までの落ち込みっぷりがある意味嘘のように。

でも、これだけ幸せな日々が続けばいつか揺り戻しが来るのだろうと考えてしまう。幸せである期間が続けば続くほど、反対に振れる事が恐ろしくなる。

物事が成功し続けることは絶対になくて、トータルで見ればおそらく 0 に近づく。僕の場合はややマイナスよりな気がする。あの人が言っていたのと同じように、僕も他の誰かの暗い部分を吸収して生きている気がするから。

それでも、僕に負の部分を投影することで誰かが楽になってくれるのなら、僕はそれを食べて生きていこうと思う。これまでもそうだったし、これからもきっとそうなんだと思う。それを糧にして、いずれ命が終わるまでの毎日のカウントダウンを過ごして行けば、きっと誰かが幸せになるし、僕もきっと飢え死にすることもない。毎日辛いことが多過ぎるから人は病んで苦しんでいくけれど、痛みや苦しみは耐性の強い人間が引き受けていった方が健康な世界が生まれる気がする。一旦引き受けたものはできるだけ完全に消化して、愚痴や文句はなるべく言わないようにしようと思う。