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Tag Archives: 虚構

僕の葬儀で、そんなに年老いていない僕は青白い顔で花に埋まっていた。

そんな僕の遺体の傍らに立つ僕自身が、白い衣に包まれた骸の肩を軽く叩き、「もう頑張らなくていいよ、人生上手く行かなかったけれど、次に未来か過去かどこかに何かで生まれ変わったら、その時に上手くやればいいよ、仕方ないよ」と語りかけていた。

もう頑張りたくても頑張れないのに何を言っているんだろうと、第三者の視点から呆れるばかりだった。
もはやさして問題ではないのだけれど。

彼が「どうしたらいいのかわからない」と電話してきて、あまりにも憔悴しきっていた。
たまたま目の前にいたので、急いで半分廃屋のような彼の一戸建てに入った。
湿った暑さの篭る部屋で、彼の目は血走り、上下のまぶたは殴られたのか泣き腫らしたのか真っ黒だった。
台所のまな板には捌きかけの大きな魚の頭と胴が切り離された状態で置かれ、残暑の中放置されていたからか、少し腐臭がしていた。
彼がどうしようどうしようと半狂乱でめくった座敷に敷かれた布団の中には、目と口を見開き泡を吹いている彼の母がいた。
何やってんだ、早く警察と救急車!と叫び、僕は電話を取った。「火事ですか、救急ですか」と問い掛ける電話の向こうの声を聞いている間に、凄まじい嘔吐をして彼の母の呼吸と脈は止まった。救急車はなかなか来ない。また間に合わなかったと、ただ空しく、全てが虚しく思えた。

野球少年は体力が有り余っていて、グラウンドの隅に20m近くそそり立つバックネットを下から上までよじ登り、てっぺんで少し風を感じた後、得意そうに降りて来た。
練習の後、その辺りではかなり見晴らしのいい16階建ての団地の非常階段の一番上に行った。屋上に上がるには、階段のすぐ外側の空中に垂直の梯子があった。風が強すぎて数十センチの隙間が恐ろしく、僕は持って来た双眼鏡をしまうのもそこそこに中庭に降りた。
数十メートル離れた隣の棟との間の狭い隙間から見上げると、よせばいいのに少年は梯子を上っていた。屋上に手がかかった瞬間、彼の膝が壁に当たり、彼はふわりとのけ反って宙に浮いた。
落ちた。
左手を梯子に延ばしたが掛かった指の関節は逆方向に弾け飛び、勢いで肘まで反対に曲がった。
非常階段の各階の踊り場に、あと16回は転がり混むチャンスがあったが、延ばした腕や足はタケヒゴ細工のようにポキポキと折れ、細い彼は次第に砕けていった。
スローモーションの一瞬の終わりに彼は階段脇に置いてあった消火器に激突した。パーンと自動車のパンクのような音が響き、静かになった。辺り一面が真っ白で、何も見えなかった。僕は一歩も動けなかった。

スーツを着て乗っていたはずの渋谷行きのバスを降りたら、何故か僕は全裸で駅前の四角い歩道橋を渡っていた。

指差して笑われたので自分の姿に気付き、降りたばかりのバスに戻ると、運転手と数人の乗客が無造作に服が突っ込まれた僕の鞄を見てニヤニヤしていた。いたたまれない気分になって、鞄を掴んで前だけ隠し、全裸のまま走って逃げた。

すれ違った警官は驚いていたが、とりあえず駅ビルの百貨店の非常階段に隠れて服を着る事はできた。

一体なぜこんな事になったのか全くわからず、外には非常線が張られているかも知れず、このまま会社に行ってもいいのかどうかを悩むと胃が痛かった。壁に頭を叩きつけると鉄の味がして視界が暗くなった。

極めて寝覚めが悪かった。

二度寝したら毎回こんな夢を見るなら、相当な抑止力になるのに。これは何のメタファーなのだろうか。

幼虫はただ飯を喰らっていればよかった。肥え太るだけで褒められる。誰にでも出来る事なんだろうけれど。

生存競争を勝ち抜いて、そのうち幼虫は蛹となり、生き残ればやっと羽化することが出来る。

蛹と蛆を氏名に含む僕の今は何に当たるのだろう。蚊でも良いから成虫であって欲しいが、実は知らないだけで自分は抜け殻の側で、成虫はドッペルゲンガーのように無限に遠い隣町を明後日に向かって歩いているのではと思った。

数々の約束がなかなか守れません。頑張りますので許してください。

薄くなりつつある頭を丁字剃刀で滑らかに磨き上げ、よく噛んだチューインガムを薄く延ばして貼り付ける。しばらく待つと、それが乾いて縮むに連れ、皮膚と薄いガムの膜が合わさった何かが不規則に引き攣れ、心地良いマッサージとなる。

検察官に読み上げられた訴状の変わらぬ一文主義が訳もなく気になるのと同じように、チューインガムの単語間の連接が気になる。そんな無駄な事を考える前に、空に向かって伸びる先端の見えない梯子を駆け登れ。

闇夜の空の上から、薄く薄く延ばした甘いチューインガムをふわりと拡げ、眠る街も人も全てを覆ってしまおう。何も知らずに眠っている人は、甘いガムを噛む夢だけ見ても、きっとそのまま明日が来なくても、何一つ気付きはしない。

並べたマグロに鈎を引っかけて冷凍庫でフォークリフトを乗り回す。外に出たら、解凍した切り身に誰かまたタンポポを乗せてくれないかと思いつつ、今日も味の無くなったチューインガムを噛み続け、唾液で空腹を満たすふりをする。

手を伸ばした時に近づいてきて欲しかったのは君じゃなかったんだけれどまあいいか。
今日、学校に来る途中でテロに遭って、何人か死んで僕も負傷した。
2つ隣のクラスにいたバンドのメンバー達は無事らしい。
友達が死んだのは悲しいけれど僕が生きているのは嬉しい。
例えばキスがしたければまだ何回もすることができる。
こんな状況でも一緒に生きていて楽しい仲間がいて、毎日少しでも楽しむことが出来るから明日を生きていこうと思うことができる。
良いことが何もないなら野垂れ死ねばいい。

曲が書けなくなった僕に、もう若くないねと言った人がいた。
そんなことは言われなくてもわかっている。いつのまにか太って疲れやすくなった身体、磨けば血が出るかみ合わせの悪い歯、遠くの見えない眼、いつも痛くて何も新しいことを思いつかない頭。
僕のイメージしていた20代後半はこんなものではなかったはずなんだけど。
結婚して家族を持つ前に老人になってしまった気分。
疲れ過ぎて眠れないので、毎晩夕食代わりに缶ビールを 2 缶空けて、無理やり床に就く。
真夏の海の家の縁台でうたた寝してしまって、そんな情けない10年後になっている夢を見たことを話すと、君に笑われた。「少なくとも太るところからしてありえない」って。その後手をつないで海に走っていって、迎えのフェリーが来るまで島の海でじゃれあっていた。
そんな夏がこれからもずっと続いていくと信じて疑わなければずっと幸せでいられるんだと思った。まぶしすぎる太陽を見ると、なぜか涙が止まらなくて困ってしまった。当たり前のことがなぜかとても遠く感じた、暑い暑い夏の夕暮れ。

血まみれだ。
目の前で痙攣している彼らは不思議な形をしている。
夜の公園に行くと、今日も植え込みの影で変な動きをしているカップルを見つけた。近づいても全然気が付かないので、持っていた金属バットで、二人を繰り返し繰り返し殴りつけた。いつまでもバットが折れなければ彼らが平らになるまで殴っただろうと思うけれど、そんな都合のいい話があるわけはなく、バットはすぐに折れてしまった。
半裸で身体のあちこちが陥没した男の手は痙攣しながら、何故か僕に受け取れと言わんばかりに名刺を差し出している。そういう記号は今さらどうでもいいのに。僕は靴底で手首ごとそれを踏み潰した。
女の方は頭が西瓜かザクロのように砕けてしまったのでもう硬直が始まっている。顎から上が無いので噴水のように血が吹き上がっていたが、次第に勢いは弱まった。
今夜はとても静かだ。僕はこれから新しいバットを買いに行く。

偶然だね。
もう一度会えるなんて思ってなかったよ。
そんな服着るようになったんだね。
まあ、こっちも髪型変えてるから感じは変わったかな。
ちょっと肥ったくらいだからそれなりに幸せなのかも知れない。
もうすぐ引っ越すんだ。だから今度は偶然ってことも無くなるのかな。
もう大丈夫だよ。ありがとう。
二度と会わなくても、大丈夫。
さようなら。

久しぶりに会った人たちは、みんな元気そうだった。
少し大人っぽくなった事をほめてみたら、照れ笑いなんかしちゃって。
そうやって楽しければ楽しいほど、内側から体温が下がってくる気がした。
周りの歓声がだんだん轟音の壁として聞こえてくるようになって、背筋に寒気が走って、僕は身動きが取れなくなった。身じろぎでもすると涙がこぼれてしまうような気がして、指先まで固くなっていた。この世界から外れてしまったのはいつからだろうと思いながら、暗闇に落ちていった。
気が付いたらみんな、その場で雑魚寝していた。何年か前も、誰かの家でこうして朝を迎えたような気がする。けれども、僕は一人ずっと起きたままだった。ここで眼を閉じると、今度こそ誰にも会えなくなる気がして。

突風にあおられて、僕は手に持ったバスタオルで空を飛ぶ。吹き上げられたその一瞬は気持ちよいけれど、頂点に達してからはひたすら落ちる落ちる落ちる。地面に叩きつけられる寸前で木に引っかかったから助かった。救助に来てくれた人々はなぜか僕のことを不用意だと叱り、殺そうとする。別に自分から飛び上がったわけではないのに。
理不尽な人々から逃げ出すために、僕は時代錯誤の機関車を運転して線路を西に向かう。
線路に横たわる人々を何百本もの爆竹を鳴らして追い払い、それでも動かない人々は車輪に巻き込んで進んでいく。
京都を過ぎ、大阪を過ぎ、西宮を過ぎ、神戸を過ぎ、姫路に向かう頃には車輪は重く、歩くほどの速さでしか進めなくなった。
夜の11時を回っているというのに空には黄緑色をした太陽がギラギラと明るく、左手を緩やかに通り過ぎる球場の脇を変な竹馬にまたがった人々がぴょんぴょんと数十 m も飛び跳ねながら大騒ぎしている。きっと今日は花火が打ちあがる日なのだろう。
今日は風が強い。みんな燃えてしまえ。

そうするつもりはなかったんだけれど、つい電話をかけてしまった。
間違ってかけてしまわないようにと、携帯のメモリーからもリダイヤルからも消してしまっていたのに。特に必要な話題があったわけでもなかったのに。指が番号を覚えていたように、自然にその番号を押してしまう。
そのくせ、自分から電話したくせに、出てくれるのかもわからないし出てくれても何を言われるかわからないのが怖くて、数回呼び出したあとにすぐ電話を切ってしまう。本当に最低だ。
そして何度目かの電話で、待っていたかのように電話に出られてしまう。その瞬間に電話を投げ捨てて、汗びっしょりで目が醒める。

僕は彼と気球を作っていた。
今日は20階建てのビルの屋上のヘリポートから、彼が搭乗しての飛行試験だ。
飛び立つ瞬間までは野原で練習してきた今までと同じだった。
今日違ったのは、屋上の端から離れた瞬間、強烈なビル風に巻き込まれて気球が壊れ、彼もろとも落ちていったことだけだった。
パシーンというような、嫌な音がした。
僕は周囲で見ていた人に設計ミスを叱責されてもみくちゃにされた。救急車の音が聞こえたが、付き添っていくことも出来なかった。その後も事故の責任について警察官の取り調べを受けるなどして、長い間拘置所から出ることも出来なかった。彼が生きているのか死んでいるのかも知らないままだった。
長い長い季節の後、僕は偶然そのビルの下を歩いていた。
そこはただの明け方の殺風景な街角で、血痕もなければ何かがあった痕跡もなかった。
一台の車が目の前に停まった。運転しているのは彼の母親で、そして後部座席には彼が乗っていた。髪がまばらに生え始めた頭には縫った跡がツギハギのようにつながり、顔と頭の左半分は、内出血したのか真っ青だった。
窓を開けて彼は言った。「気球が落ちることなんてよくあることだし、あんな場所から飛び立つのにリスクがあることは判ってた。それは別にいいんだ。けど、あの時お前が降りて来なくて、俺を見捨てたのは絶対に許せない」
走り去る車を見送りながら、僕は何を言われても仕方がないと思っていた。理由がどうあれ、当然僕は死ぬまでずっとこの罪を背負って行くのだ。

彼が動かなくなるまでそう時間はかからなかった。
子供の頃は、いくら力いっぱい殴っても泣きもせずに向かってくる相手のことを何て強いんだろうと思っていたものだ。今の僕は約9割の力で殴ったわけだが、彼はコンクリートの地面に頭をぶつけて脳が飛び散っているし、僕の拳の関節部分は肉がえぐれて骨が飛び出している。
血とホルマリン臭が辺りに膜を張っているようで厭な気分だ。
それでも繰り返し彼の顔、首、腹を力任せに蹴る。蹴る。蹴る。蹴る。
僕の靴は腸が絡んだ場合に備えられてはいなかったので、足がすべり血溜まりに倒れた。そうやって彼の横で煤けた低い天井を見上げると、僕自身と彼の違いは、ただその肉の固まりが動くか動かないかだけに思えた。

「今年は忙しかったけど、来年の夏には絶対一緒に海に行こうよ」 と言った。
でも、次の夏まで本当に一緒にいられるのかどうかは誰にもわからない。
いくら仲が良くても、僕は寝ぼけて線路に落ちて電車に轢かれてしまうかもしれない。
どうでもいいことを考えながら家に帰った。
暗い部屋で、近くの街灯から漏れる薄明かりで、僕は君を見つけた。
部屋にはまだ、君の温度が残っていた気がした。
僕は不思議と落ち着いていた。
残念だけれど、少し君が羨ましかった。
まだ春ですらないけれど、明日は休みを取って君と港に行こうと思う。
明日からは僕らが望めばそこが夏の海になる。

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